生きる意味


今日は令和五年の七月二十三日。快晴。日射しがまぶしく真夏の天気也

昨日早朝 地元の人々の車が出勤する中 徳良湖沿いの道路を青大将が横切っていました。早く横切らないと車に踏みつぶされてしまいそうな感じです。バックミラーで早々に草むらに逃れて姿が見えなくなったのを確認してアクセルを踏みました。道路を渡り向かいの草むらに渡らなければならない何か大事な用事でもあったのだろうかとか色々頭に浮かんだものですが、それは私の思いであり本人がどのように思っているのかは想像することができません。何れにしても道路を横切ったという事実がそこにあるだけです。

 私たちは というより私は一つの行動を起こすにあたって何かしらの意味合いをそこに見出さなければ納得ができないという思いに駆られます。一つの行動には動機があり動機に基づいて行動がなされ結果が出るという一つの流れがあります。その連続が今の私を作っているという風に考えます。道路を横切った青大将にも動機があり道路を横切るという行動があり向こう側に渡る。或いは車に踏みつぶされるという結果がある。周りの環境や他の原因が加味されて様々な結果が生じるという事になりますが、どちらにしても動機があり行動があり他の要因が加味されて結果が生じるという事になります。

この一連の流れの中で私たちは喜んでみたり怒ってみたり哀しんでみたり楽しくなったりしているわけです。自分を突き動かす動機が何かによって一連の流れに変化が生じてくるのでしょうが普通の場合は『煩悩』によって突き動かされるのでしょう。そのように思います。

幼い頃は毎日が楽しく朝になり目が覚めるとそれだけで希望に満ち溢れ友達と走ったり隠れんぼをしたりただただ楽しかったという思いがありますが 思春期の頃になると色々な悩みが生じ始め心に別の意味での感情が芽生え始めます。大人になりいつの間にかそのことも忘れ日々の忙しさの中に埋没し気がついてみたら自分というモノを失っているというような月日を過ごし新たに自分探しというような旅に出る。そこで第二の人生というか第三の人生に目覚めるというようなことが始まるのだろうと思います。この第二第三の人生への目覚めの時期と内容は人によって様々でしょうが何れにしても『人生の意味』というモノを求めるようになるのです。

人生に意味などないと思いますが『意味づけ』をしないと私たちは中々自分自身を納得させることができないのです。所謂『何々の為に』という目的 意義付けをすればこそ私たちはそこに向かって歩んでゆけるのです。その目的に主眼を置いて努力精進できるのです。一般的にはその様に感じている事でしょう。

しかし、それは『目的』と『手段』が離れているという事です。例えばマラソンにゴールがあるから今の辛さに耐えゴールに向かって走ることができるのです。ゴールのないマラソンなど誰も走ることができないでしょう。これに順位をつけ順位によって人々からの称賛がありその称賛によって幸不幸が決まるという事になるのが一般的なスポーツです。世間から見ているマスコミが賛否を繰り広げている現在のスポーツです。個人個人 選手によって違うでしょうが マスコミに振り回されている現在のスポーツです。その賛否により幸不幸が左右されているのです。

目標に向かって努力精進をして結果を出してゆくことを否定するのではありませんが目標と手段が別々になっているという事を忘れてはなりません。

子供の頃 疲れるまで駆けっこをして友達と遊び 夕方になり家に帰り 母親の作ってくれた夕ご飯を食べ 泥のように眠った子供の頃を思う時 遊びが全てでした。学校に行ったなら学校が全てでした。その時その時が全てでした。目の前にあることが楽しく目標と手段が別などという事はありませんでした。現実にはその時その時の悩みはありますが目標と手段が離れることなどなく遊びが楽しいから遊ぶ、学校が楽しいから学校に行って学ぶという事の連続でした。今が楽しいから生きていました。幸せな幼少期を過ごすことができたのです。

『楽しさ』の中身は違うかもしれませんが これを道元禅師は『只管』と言ったのでしょう。職人が技を磨くために練習をしているのではなく 練習をしている事によって結果的に技が磨かれてゆくとう順番なのでしょう。やっていることは同じでも順番と中身が違うのです。

今日はここまで



令和五年七月二十三日 上の畑観音別当 薬師寺住職 渡辺隆良記


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